人生たった一度のタイプ1.5トーナメント
2016年5月24日 Magic: The Gatheringここからは、プレインズウォーカーポイントで確認できるトーナメント履歴について、触れていきます。
・1997年5月18日
DCIトーナメントセンターで、タイプ1.5の大会が行われることになり、それに参加することにしました。
タイプ1.5はタイプ1(現ヴィンテージ)の制限カードを全部禁止にしただけという、レガシーのご先祖様のようなフォーマットです。
当時パワー9は持っていないので、タイプ1には出ようとは思いませんでしたが、タイプ1.5で《Chain Lightning》を使いたくて参加を決めました。
デッキはカウンターバーン。覚えているパーツとしてはこんなところだったと思います。
《稲妻/Lightning Bolt》
《Chain Lightning》
《火葬/Incinerate》
《火炎破/Fireblast》
《ゲリラ戦術/Guerrilla Tactics》
《秘儀の否定/Arcane Denial》
《Force of Will》
《先細りの収益/Diminishing Returns》
《ネビニラルの円盤/Nevinyrral’s Disk》
《Volcanic Island》
《山/Mountain》
《島/Island》
バーンデッキなのですが、《先細りの収益/Diminishing Returns》によって手札の回復をもくろんでいます。
《秘儀の否定/Arcane Denial》は相手にカードを2枚与えてしまいますが、その後に《先細りの収益/Diminishing Returns》することにより、チャラに出来ます。
《Force of Will》で手札が減った場合も同様です。
記録では参加者7人。記憶では6人だったので総当たり戦になったと思います。
当時は8人いないと記録に残らなかったと思うのですが、なぜか記録に残っています。
1回戦の1本目、いきなり冷や水を浴びせられます。
1ターン目に《島/Island》と《Mana Crypt》から《Serendib Efreet》登場。
すっかり《Mana Crypt》の存在を忘れていました。
当時、《Mana Crypt》は今ほど危険視されておらず、ヴィンテージ(タイプ1)であれば4枚使えました。
不確定ながら、1ターンあたり1.5点相当のライフロスが大きなデメリットと考えられていたからではないかと思います。
(当時はライフが減る、あるいは相手にライフを与えるというデメリットが過剰に評価されていた。)
これはたまらず《Force of Will》でカウンター。
相手は2ターン目に《Mana Crypt》で3ライフを失いますが、2枚目の土地が《ミシュラの工廠/Mishra’s Factory》
これまた当時のルールになるのですが、当時のアーティファクトはタップ状態になると機能を失っていました。
アップキープの開始時に《Mana Crypt》をタップして2マナ出し、《ミシュラの工廠/Mishra’s Factory》を2回クリーチャー化します。
すると、「During Your upkeep,flip a coin.」から始まるペナルティ部分が、無視されてしまうのです。
(今ではタップ状態のアーティファクトが機能を失うことがなく、《Mana Crypt》のコイン投げもアップキープ開始時に誘発するので逃げられない。)
その後、焦った私は相手の《ミシュラの工廠/Mishra’s Factory》に《ゲリラ戦術/Guerrilla Tactics》を打ちこみますが、これは当然のように自身に+1/+1修正を適用して逃れられます。
結局、手も足も出ず完敗となりました。
2回戦も負け、3回戦と4回戦はようやくバーン戦法により勝利。最終の5回戦を迎えます。
2勝2敗で迎えた最終線の対手は、日本三大地雷と呼ばれた笹沼氏。ですが、この日はここまで全然勝ててないそうです。
こちらは順調に火力を連打しますが、笹沼氏のプレイしたカードは《永劫の輪廻/Enduring Renewal》
そして《ゴブリンの砲撃/Goblin Bombardment》、《羽ばたき飛行機械/Ornithopter》
無限ダメージどっかん。
当時「カウンターを構える」という動作を知らなかった私は、見事に無限ダメージの的となりました。
そんなわけで、2勝3敗で終了。
負け越したけど楽しかったです。
・1997年5月18日
DCIトーナメントセンターで、タイプ1.5の大会が行われることになり、それに参加することにしました。
タイプ1.5はタイプ1(現ヴィンテージ)の制限カードを全部禁止にしただけという、レガシーのご先祖様のようなフォーマットです。
当時パワー9は持っていないので、タイプ1には出ようとは思いませんでしたが、タイプ1.5で《Chain Lightning》を使いたくて参加を決めました。
デッキはカウンターバーン。覚えているパーツとしてはこんなところだったと思います。
《稲妻/Lightning Bolt》
《Chain Lightning》
《火葬/Incinerate》
《火炎破/Fireblast》
《ゲリラ戦術/Guerrilla Tactics》
《秘儀の否定/Arcane Denial》
《Force of Will》
《先細りの収益/Diminishing Returns》
《ネビニラルの円盤/Nevinyrral’s Disk》
《Volcanic Island》
《山/Mountain》
《島/Island》
バーンデッキなのですが、《先細りの収益/Diminishing Returns》によって手札の回復をもくろんでいます。
《秘儀の否定/Arcane Denial》は相手にカードを2枚与えてしまいますが、その後に《先細りの収益/Diminishing Returns》することにより、チャラに出来ます。
《Force of Will》で手札が減った場合も同様です。
記録では参加者7人。記憶では6人だったので総当たり戦になったと思います。
当時は8人いないと記録に残らなかったと思うのですが、なぜか記録に残っています。
1回戦の1本目、いきなり冷や水を浴びせられます。
1ターン目に《島/Island》と《Mana Crypt》から《Serendib Efreet》登場。
すっかり《Mana Crypt》の存在を忘れていました。
当時、《Mana Crypt》は今ほど危険視されておらず、ヴィンテージ(タイプ1)であれば4枚使えました。
不確定ながら、1ターンあたり1.5点相当のライフロスが大きなデメリットと考えられていたからではないかと思います。
(当時はライフが減る、あるいは相手にライフを与えるというデメリットが過剰に評価されていた。)
これはたまらず《Force of Will》でカウンター。
相手は2ターン目に《Mana Crypt》で3ライフを失いますが、2枚目の土地が《ミシュラの工廠/Mishra’s Factory》
これまた当時のルールになるのですが、当時のアーティファクトはタップ状態になると機能を失っていました。
アップキープの開始時に《Mana Crypt》をタップして2マナ出し、《ミシュラの工廠/Mishra’s Factory》を2回クリーチャー化します。
すると、「During Your upkeep,flip a coin.」から始まるペナルティ部分が、無視されてしまうのです。
(今ではタップ状態のアーティファクトが機能を失うことがなく、《Mana Crypt》のコイン投げもアップキープ開始時に誘発するので逃げられない。)
その後、焦った私は相手の《ミシュラの工廠/Mishra’s Factory》に《ゲリラ戦術/Guerrilla Tactics》を打ちこみますが、これは当然のように自身に+1/+1修正を適用して逃れられます。
結局、手も足も出ず完敗となりました。
2回戦も負け、3回戦と4回戦はようやくバーン戦法により勝利。最終の5回戦を迎えます。
2勝2敗で迎えた最終線の対手は、日本三大地雷と呼ばれた笹沼氏。ですが、この日はここまで全然勝ててないそうです。
こちらは順調に火力を連打しますが、笹沼氏のプレイしたカードは《永劫の輪廻/Enduring Renewal》
そして《ゴブリンの砲撃/Goblin Bombardment》、《羽ばたき飛行機械/Ornithopter》
無限ダメージどっかん。
当時「カウンターを構える」という動作を知らなかった私は、見事に無限ダメージの的となりました。
そんなわけで、2勝3敗で終了。
負け越したけど楽しかったです。
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